労働保険の年度更新手続き
年度途中の事業設立を除き、継続事業または一括有期事業であれば毎年6月1日以降の一定期間に労災保険、雇用保険の保険料の申告と納付をしなければなりません。これを「年度更新」と言います。このページでは、年度更新の仕方を説明します。
Ⅰ.全体像
1.用語
労働保険料の制度を知るには、次の3つの語句の意味や内容を把握することが欠かせません。
・労働保険における年度…4月1日~3月31日です。決算の期と同じ区切りとは限りません。
・概算保険料…ある年度について、一年間に支払いが見込まれる賃金総額をもとに算出した保険料のことです。年度途中に見込み額として支払います。
・確定保険…ある年度について、実際に支払われた賃金総額をもとに算出した保険料のことです。その翌年度に支払います。
2.流れ
労災保険料と雇用保険料の申告は同時に行います。大まかな流れは、次の通りです。
前年度:その年度の概算保険料を申告、納付します。
↓
今年度:
①前年度の実際の賃金総額をもとに、確定した保険料を算出します。
②前年度の確定保険料と概算保険料の過不足を精算します。
③今年度の概算保険料を算出します。
④上記②の不足分+③の保険料を申告、納付します。
↓
翌年度:上記①~④と同じです。
これを毎年繰り返します。概算保険料を払いすぎていれば、翌年の申告の時に還付を受けるか、その年の概算保険料に充当することができます。
Ⅱ.概算保険料の申告
概算保険料の申告について説明します。基本的には保険料は「見込みの賃金総額 × 保険料率」により算出します。以下でその詳細を説明しますが、計算の仕方が複雑ですので注意が必要です。
1.賃金総額
(1)賃金とは
申告の対象となる賃金は、法律では「賃金、給料、手当、賞与その他名称のいかんを問わず、労働の対償として事業主が労働者に支払うもの」とさえています。通貨以外のもの(=いわゆる現物給与)については、「食事の利益」、「被服の利益」、「住居の利益」、その他、所轄の労働基準監督署長や公共職業安定所長の定めるものが含まれます。評価額は厚生労働大臣が定めます。
賃金としてカウントされるのは、あくまで「労働の対償として」支払われるものです。よって、祝い金や見舞い金のように恩恵的なものや、出張旅費のように実費弁償的なものは賃金には含まれません。退職金も基本的に対象外です。
(2)計算の対象となる労働者
対象となる労働者は、その事業に使用するすべての人です。ただし、以下の者は計算に含むかどうかをを間違いやすいため、気をつける必要があります。
・日雇労働者の賃金は、賃金総額に含めます(日雇労働者については、印紙保険料に加えて一般保険料も支払います)。
・適用除外者(ex. 家族従業員)の賃金は、賃金総額に含めません。
・出向者について、労災保険料は出向先が負担します。雇用保険は、出向元と出向先の両方が賃金を払っている場合は、労働者が主に賃金を受けている事務所(≒賃金を多く払っている方の事業所)が負担します。
(3)賃金総額の計算
①原則
計算期間は4月1日~3月31日です。この間に支払いが見込まれる額を申告します。計算は全社単位ではなく、本社、支社、工場、営業所といった事業所単位で行いますが、継続事業の一括を受けていれば、一括の適用を受けているすべての事業所が単位となります。
賃金総額は、従業員の全員が労災保険と雇用保険の適用対象であれば両保険で金額が等しくなります。しかし上記(2)の通り労災保険または雇用保険の片方のみ適用される者がいる場合は、それぞれの保険で賃金総額が異なります。
②前年度から大きな変動が見込まれない場合
以下の要件に当てはまれば、特例が適用されます。
賃金総額の見込額が、前年度中に実際に支払った賃金総額の1 / 2 ~ 2倍の範囲内にある場合
この場合、前年度中に実際に支払った賃金の総額により保険料を計算します。つまり、前年度の確定保険料と今年度の概算保険料を、同じ賃金総額で計算できるということです。
労働保険徴収法第2条・第11条・第15条、同施行規則第24条
2.保険料
(1)保険料の計算
保険料は以下の方法で算出します。
労災保険と雇用保険を合わせた賃金総額の見込額 ×(その事業に適用される労災保険率 + 雇用保険率)
ただし、労災保険と雇用保険で賃金総額が異なる場合は、別々に計算した後に合算します。
(2)保険料率
①労災保険率
労災保険率は事業の種類により、2.5 / 1,000 ~ 88 / 1,000の間で定められています。これらの率は過去3年間の労災の災害率等を考慮して定められます。
②雇用保険率
雇用保険率は15.5 / 1,000です。ただし農林水産(一定のものを除きます)や清酒製造の事業は17.5 / 1,000、建設の事業は18.5 / 1,000です。
(3)メリット制
労災については、同種の事業でも災害防止の努力をしている事業所とそうでない所とでは、災害の発生率に差が生まれます。メリット制とは、個事業主の災害防止の意欲を向上させるとともに、保険料負担の公平を図るための制度です。
対象となるのは、保険関係成立後3年が経過しており、労働者数や年間の確定保険料が一定の基準を超えている事業所です。要件を満たせば、労災保険率が一定の範囲で引き上げられたり、引き下げられたりします。
なお、中小企業は事業主の申告により、特例メリット制を受けることができ、この場合、労災保険率の増減幅が大きくなります。また、雇用保険率にはメリット制はありません。
労働保険徴収法第11条・第12条、同施行規則第11条・第17条・第20条~第20条の6・第38条
整備省令第17条
Ⅲ.確定保険料の申告
確定保険料の計算方法は概算保険料のものと基本的に変わりません。ただし、以下の点に留意する必要があります。
・労災保険や雇用保険の保険料に加え、一般拠出金の申告も必要です。この拠出金は石綿による健康被害救済のためのものであり、納付額は「賃金総額 × 0.02 / 1,000」です。
・賃金総額には、実際に支払った賃金に加え、「支払いの確定している」賃金も含まれます。たとえば、3月末締めで4月に支払われる給料も賃金総額に含まれます。支払いは新しい保険年度ですが、前年度内(=3月末まで)に支払いが確定しているためです。
納付額は、前年度に支払った概算保険料が確定保険料より少なければ、不足分+その保険年度の概算保険料です。前年度に支払った概算保険料が確定保険料より多ければ、超過分はその保険年度の概算保険料に充当するか、還付を受けることができます。
労働保険徴収法第19条、同施行規則第11条・第33条・第36条~第38条
Ⅳ.申告の仕方
1.申告先
書類の申告先は所轄都道府県労働局ですが、それ以外の行政組織を経由して提出することもできます。経由先は一元適用事業か二元適用事業か、労働保険事務組合に事務処理を委託しているかどうかで、次の2通りがあります。
(1)
①要件
次のいずれかの場合
・一元適用事業であり、労働保険事務組合に事務処理を委託していない場合(雇用保険の保険関係のみ成立している事業は下記(2))
・二元適用事業で労災保険の一般保険料を支払う場合
②提出先
・日本銀行(口座振替の場合は不可)
・管轄年金事務所(口座振替も、労働保険事務組合への事務処理の委託もしておらず、6月1日から40日以内に提出する場合のみ)
・管轄労働基準監督署
(2)
①要件 次のいずれかの場合
・一元適用事業であり、労働保険事務組合に事務処理を委託していること
・一元適用事業であり、労働保険事務組合に事務処理を委託しておらず、雇用保険のみ保険関係成立していること
・二元適用事業であり、雇用保険の一般保険料を支払うこと
②提出先
・日本銀行(口座振替の場合は不可)
・管轄年金事務所(口座振替も、労働保険事務組合への事務処理の委託もしておらず、6月1日から40日以内に提出する場合のみ)
2.提出書類 労働保険 概算保険料申告書
3.提出時期 6月1日から40日以内(納付期限もこの日です)
4.添付書類 第3種特別加入の場合は一定の書類を添付します。
5.その他
・保険料は口座振替も可能です。納付のための手間が省け、納め忘れも防ぐことができます。
・一般の保険料と特別加入の保険料は別々に申告します。
・複写式なので、ダウンロードして使用することはできません。
労働保険徴収法第15条、同施行規則第38条・第38条の2
Ⅴ.納付
最後に、納付全般について説明します。特に希望しない限り保険料は一回払いです。しかし希望すれば分割払いをすることができます。これを延納と言います。以下で、延納の概要と、年度更新以外で納付の必要な時について取り上げます。
1.延納
延納の申告は年度更新の際に行います。延納をすると概算保険料の額を3等分して納付することができます。納付日は以下の通りです。
1回目:6月1日から40日以内
2回目:10月31 日
3回目:翌年1月31日
労働保険事務組合に事務を委託している事業は次のようになります。
1回目:6月1日から40日以内
2回目:11月14日
3回目:翌年2月14 日
口座振替を利用している場合は以下の通りです。1回目の納付が大幅に後ろ倒しになります。
1回目:9月6日
2回目:11月14日
3回目:翌年2月14 日
なお、延納は次に説明する増加概算保険料等についても申請することができます。
労働保険徴収法第18条、同施行規則第27条・第30条等
2.年度更新以外で納付が必要となる場合
年度更新以外にも、労働保険料の納付が必要となる時があります。具体的には以下の通りです。
・増加概算保険料…事業拡大により保険料が当初の見込み額より大幅に増加することが見込まれた時に納付します。詳しくはこちらのページをご覧ください。
・概算保険料の追加徴収…保険料率が引き上げられた時に、労働保険料が追加徴収されることがあります。
・政府の認定決定による徴収…事業主が保険料の申告をしない、もしくは申告内容に誤りがあった場合に徴収されます。この時、確定保険料については保険料に加えて追徴金も徴収されますので注意が必要です。
労働保険徴収法第15条・第17条・第19条・第21条、同施行規則第29条~第31条等